裏の厨房で反省してます

許して キッチン男子

「今日のご飯はなんですか」の幸せ おばさんバイトが人生を振り返る

 

厨房のバイトでは、ご飯の時間になると「まかない」が出てきます。

いわば、ごはんつきのバイトってわけで、飲食業では一般的らしい。

 

あたしは仕込みの時間に働いてるので、休憩に入る14:30頃に「まかない」を食べます。

 

もうね、この「まかない」がすごく楽しみなわけよ、あたしは!

 

キッチン男子のみなさんが、交代で作ってくれるんだけど、大体メニューは朝から決まってる。シフト表に当番の名前が出ているので、「今日のご飯はなんですか」とか、タイミングを見計らって聞いてみる。

この、タイミングが難しいの、おばちゃんにとって。

だってね、みんな、包丁を使ったり火加減を見たり、相当な集中っぷりで仕事してるわけ。段取りを頭で描きながら、手を動かしてるわけ。うっかり、おばちゃんが呑気にご飯のことを聞いたりしたら、「やかましいわ、ババア」とか言われかねない。(いや、言われたことはないけど)

 

なので、よーくキッチン男子を観察せねばなりません。

で、グッドタイミングで「ご飯はなんですか」と聞くと、

 

「肉じゃがです」とか、

「から揚げです」とか、

「パスタですね、ミートソースです」とか、答えてくれます。

 

こちらから、

 

「もしかして、お好み焼きですか?」、と聞いて、

「そうですよ」、と答えてくれるパターンもあります。

 

あたしね、このやりとりの瞬間が、ものすごく好きです。

「わーい、今日はから揚げだ!」的な喜びとはまた別に、なんていうのかなー。

自分がものすごく守られてる感じがする。安心するの。




10代のときに初めて読んだ、女優の沢村貞子さんの随筆がありまして…。

沢村さんは撮影のとき、自分でお弁当を作って持って行ってたそうです。

 

「ツヤ良く磨き上げられた朱塗りの三段重のお弁当箱。一番上には好物のお新香、ほどよくつかった白い小蕪と緑の胡瓜。傍らには黄色も鮮やかな菜の花づけ。銀紙で仕切った半分には蜂蜜を書けた真っ赤な苺の可愛い粒。中の段には味噌漬けの鰆の焼物。その隣の筍と蕗、かまぼこはうす味煮。とりのじぶ煮はちょっと甘辛い匂いがしている。炭にはきんぴらの常備菜。下の段の青まめご飯がまだ何となくぬくもりがあるような気がする。これが、塗りものの功徳というわけ。」

 

すごく、そそられるでしょ!美味しそう! 

食べ物にそそぐ、こまやかさとか、慈しみとか、そんな気持ちまでが美味しそうなのよ!

 

で、このお弁当ですが、若かりし頃の女優・黒柳徹子さんと共演したときには、徹子さんもお相伴に預かっていたらしい。徹子さんはテレビ局で顔をあわせると、セリフをあわる前にまず、

 

「ね、かあさん、今日のおかずはなに?」 と聞いてきたそうです。

 

この話を読んだとき、高校生だった富士子(今は45歳)は、心を強くゆさぶられました。さらっと書かれた軽妙な文章で、なんてことない描写だったのですが、その分、こういうやりとりがごく自然って感じがしたの。美味しいお弁当を作って、それを誰かと食べる。その誰かは家族でもないのに、おおっぴらにそのお弁当を食べてる。これ、すごいじゃん!って思った。

 

まあ、その頃のあたしは、事情があって実家が一家離散。一人暮らしのおばあちゃんの家に一人で預けられ、育ち盛りの毎日を、愛情はあるが油気の少ないおばあちゃん手製の食事でしのぐ、っていう微妙な境遇。おばあちゃんのご飯は大好きだったけれど、そこにはやはり、他の親戚への気兼ねやそれまでの関わりの薄さ、遠慮、億劫さ、そんなものがうっすらと入り込んでて、苦味を感じることが多かった。そもそも、あたしってば小学校時代も病気で入院してて、病院から学校に通ってたから、食事って、食べられさえすればいい、ってのが当たり前だった。なぜか、実母もご飯を大事にする人ではなかったので、食事は、ガソリン補給とか灯油を入れるとか、そんな役割の作業にすぎなかったの。

 

美味しいお弁当を分かち合う沢村さんの話は、そんなあたしには、よその世界の話のようだったし、すごく羨ましくて、憧れた。いいなー、って。美味しいご飯が出てきて、「ご飯なあに」と楽しみにするなんて、考えられない生活だったからね。食事には、遠慮と我慢がつきものだったし、食事をめぐって、他人と心を開きあうなんてことも、あたしの知らないことだった。



で、それから30年。

 

ご飯といえば、自炊か外食の二択、って暮らしを続けてきた富士子(45歳)。

自炊は、それなりに頑張ってきました。

外食も、味気なさを感じながらも、それなりに楽しんでまいりました。

 

現在、厨房のバイト先で、ついに「まかない」を食べるようになり、「今日のご飯はなんですか」とワクワクしながらキッチン男子に聞いてみる日々を送っていたのですが。

 

先日のこと。

いつものように「ご飯なんですか」と聞いた後に、不覚にも、涙が溢れてしまいました。

あんまり嬉しくて。

 

誰かがご飯を作ってくれる。当たり前のように、それを食べる。

そのことにずっと憧れてたんだ、ってことに、突然気がついて、

今それが叶ってるんだ、ってことにも気がついて、嬉しくて涙が出てきた(んだと思う)。

 

ご飯を食べさせてもらう。あたしは、ただ、食べていればいい。

 

「まかない」のご飯が出るのは飲食業の単なる慣習で、沢村さんのお弁当とは違うって、わかっているけど、あたしはすごく嬉しかった。

キッチン男子たちだって仕事だから作ってるだけで、特に思い入れもないし、いちいち真心込めてるわけじゃない、ってわかってるけど、あたしはすごく嬉しかった。

45歳にもなってキモい、と言われそうだけど、あたしは嬉しかった。

 

もう、誰もわかってくれなくてもいい!

あたしは嬉しかった!



「今日のご飯、なんですか」って聞けるのは、聞く相手がいるのは、幸せだよ!

で、もっと幸せなのは、そう聞いてもらえることかもしれないね。

聞いてもらえたことだって、今までにあったはずだけど…

それがどんなに幸せなことか、あたしは今頃になって気がついたよ。

 

ありがとう、キッチン男子たち。

ありがとう、あたしをクビにしてくれた会社の人。

ありがとう、あたしを採用してくれた料理長(かっこいい)。

ありがとう、沢村貞子

 

人生のめぐり合わせって、きっとあると思う。

クビになって仕事がなくて、いい年なのに時給の安いバイト生活になって、端から見たら悲惨な人生かもしれないけど、でも、今この状況だからわかったことや、気がついたことが、確かにあるの。会社員時代は、収入は安定していたけど、大事なことを素通りしていたのかもしれないわ。

 

今はただ、素直に、「ご飯はなんですか」って聞いて美味しく食べていたい。

たとえ、仕事で作られたご飯だとしても、作ってもらったのは、確かに、あたしのためのご飯なの。しかも美味しい。あたしは楽しみにしてていいし、安心して食べていい。このときだけは、子どもの気持ちに戻ってもいい。

 

きっと神様が、そういうご飯の時間を、あたしにくれたんだと思うわ。

 

明日も、美味しく「まかない」を頂きます。

張り切って働かなきゃ!