おばさんバイト、水晶体に気を取られて反省
風が強いですね、新宿は冬に逆戻り!
身も心もふところも寒い、富士子(45歳)です。
先日のこと。
バイト先の居酒屋厨房で、金髪のキッチン男子・天使くんが、鯛をさばいていました。
鯛なんて、日ごろは見かけないのに、珍しい!
「今日、何かあるんですか? 特別な宴会とか?」って聞くと、
「メニューが変わって、お刺身が鯛になるんですよ」とのこと。
そうなんだ!
筍に続いて、お魚も春の素材になるんですね。うふふ。
それにしても立派な鯛だなぁ…って見惚れていたら。
天使くんが、小鼻を膨らませて
「これ、いくらすると思います? 2万ですよ、2万! 天然ですよっ!」
って、どや顔で言うの。
天使くんってね。
耳にも眉にもピアスしてる、ミュージシャンを目指してた金髪くん。
パンクロック一直線!って外見で、声をかけるのも憚られるような居ずまい。
しかも、えらい人に話しかけられても、気に入らない話題だと目線も合わせずシカトするっていう、ふてぶてしい根性の持ち主。
なのに、よ。
2万の鯛に騒ぐのって、どうよ。
ちょっと小市民過ぎやしませんか。
おばちゃんは、2万の鯛よりも、そっちに驚いたわよ。
それはさておき。
思いがけない高給食材の登場に、本物の小市民のあたしは確かに驚いた。
「ええ! 天然? すごいじゃないですか!」
と、小市民らしく陳腐な驚き方をしちゃった。
ピンクと白とうろこの銀色がぴかぴかしてる鯛は、市場から届いたばかりらしくて、目玉も綺麗に澄んでいる。あたしはその目玉の大きさに心を奪われてしまった。
何を隠そう、あたしは魚の目玉が大好き。
これね、賛否両論(っていうのか?)あるんで、今まで内緒にしてたんですけどね。焼き魚でも煮魚でも、目玉をお箸でほじくって丸ごと口に放り込むのって、至福の瞬間なんですよ!
とろんとしたゼリーみたいな食感に、真ん中がコリコリしてて、たまらない!
が、ゲテモノ好き扱いされるのを恐れるあまり、この快感を誰にも打ち明けることなく、はや45年。
なのに。
あまりに大きく澄んだ鯛の目玉に気持ちが高まり、内緒にしきれない気分になり…。
「天使くん、魚の目玉って、食べたことあります?」
って、恐る恐る聞いちゃった。
したら、天使くん、
「ありますよ、焼いたりして食べます。富士子さん、食べます?持って帰ります?」
って、まさかのお持ち帰りエクスキューズ!
自分で聞いておいてなんですが、ごくナチュラルに「目玉食べますよ」発言を聞いてびっくりしちゃった上に、「目玉を持って帰る」なんて予想だにしなかった提案を受けたもんだから、さすがのあたしもちょっと混乱して口がきけなくなっちゃった。
それに構わず、天使くんはぐいっ!と親指を入れて目玉をくり貫くと、流しに転がました。ごろん、としたまん丸の白い目玉。
うわ、でかい! 秋刀魚や鯵とは、スケールが違う! こりゃ絶対美味い!
と、心の中で叫ぶ富士子。
「こっち側も…」とか言いながら、もう片方もくり貫こうとした天使くんですが…
「あ、失敗!」って声と、プシューって音とともに、何かがあたしのほうに飛んできた。
みると、粘液状のものにまみれた、小さなガラスのかけら。
なんだこれ?
あ、もしかして…
目玉の中の、水晶体?
うわぁ!
ちっちゃくて、きれい!
これで、海の中を見てたんだー!
こんな大きな水晶体があるなんて、さすがだなあ。
イカの水晶体は、もっと薄っぺらいもんなぁ…。
って、水晶体を灯りにかざしてしみじみ眺めていたら。
天使くんが、
「片方失敗しちゃって一個しかないし、やっぱ目玉いらないッスよね。
捨てちゃいましょう」
つって、流しにあった見事な目玉を、あっさりゴミ箱に捨てちゃいました。
あああ。
せっかくくり貫いてくれたのに、ごめんね…。
目玉、食べたかったし、嬉しかったんだけど、色々ビックリしているうちに、「ありがとう、持って帰る」って言いそびれちゃったの。いっつもドンくさくて、返事が遅くて申し訳ない…。
決して「片方失敗しやがったな、だったらいらねーし」とか思ってたんじゃないよ。
天使くんは、鯛をどんどんさばいて、サクにして、きれいにキッチンペーパーで包んでそうっとラップをしていました。職人の顔になって手早く作業する天使くんが、なまじ健気でカッコいいだけに、目玉を捨てさせてしまったのが意地悪をしたみたいで、あたしは自分のドンくささがちょっと悲しかった。天使くんは、全く気にしていないかもしれないけど、あたしは、自分のこういうドンくささが好きではないから、またやっちゃったー、と後悔してる。
ふー。
それにしても、鯛の目玉は美味しそうだった…。
水晶体きれいだった…。
で、天使くんはいい奴だ。
小市民なんつって、ごめん。
色々反省しとります。
明日もバイトだぞっ!
ちょっとは暖かいといいなー。