おばさんバイト、こっそり残業作戦が失敗
暖かくなってきて、新宿御苑の桜もいい感じ!
居酒屋厨房で働く、富士子(45歳)です。
わりと、頭の中がお花で一杯です。
世間は、送別会真っ盛り。
昨日は花の金曜日だったから、バイト先の居酒屋も、まさかの40名の宴会予約!
仕込みの指示はね…
椎茸、獅子唐、アスパラ、エリンギ、イベリコ豚、ベーコン、豚のスモーク30本。
怒涛のラインナップ。
無理ッス!
これね、全部の材料を処理して、串に刺すのよ。
ただでさえ、宴会40人分の串の用意があるのに。
大急ぎでやんなきゃ! って取り掛かったけど……。
宴会用の串の用意と、通常の串の補充
→ これだけで 早くも1時間経過。
椎茸の軸を取って、獅子唐のヘタを取って、串打ちして、アスパラをカット
→ さらに1時間経過、やれやれ。
アスパラを串に刺して、エリンギをカットして串打ち
→ あっという間にまた1時間経過。もう終わってなきゃいけない時間。
あああ、どうしよう、終わんない。
この頃、厨房はすでに…
料理長が、イカの塩辛の下拵え終わってる。
ルドルフ先輩はサラダを終わって、デザートの生地もオーブンに入れた。
なんと、キッチン男子・アントニオが、普段より早くまかない作り終わってる。
超ヤバイ!
あたしだけ終わってないよ!
でも大丈夫。
「まかない敬遠戦法 富士子大作戦」いくから。
厨房には、「暗黙のまかないルール」があります。
・料理長(かっこいい)の「頂きます」を合図に、みんな一緒に食べる
あたしは、このルールが大好き。
キッチン男子は仕込み中は無口で、黙々と手を動かすばかりだし、食事中も殆ど口を利かないけど、それでも、料理長を筆頭にして同じ釜の飯を食ってます、っていう一体感があるのは、このシンプルなルールのおかげだと思うの。
だからね、あたしの中では「このルールは破っちゃならねえ」ってことになってた。
でもね、みんな一緒に食べるためには、全員がまかない時間までに仕事を終える、もしくは区切りをつけてないといけません。
だけど、あたしだけ間に合わないってことが、よくある。
そうなると、
・料理長が手伝ってくれる。
・あたしが終わるまで、みんな仕事探して時間つぶして待ってる
この、どっちかの対応をされるわけ。
これってねえ、かなりな、針のむしろなわけ。
で、考えたの。
「まかない、食べません」って言っておけば、食べる人たちだけで先に食べてくれるんじゃないか、って!
あたしの作戦はこうよ。
あらかじめ、「今日はまかない食べません」と宣言しておく。
まかない時間が近づくと、まかないの準備を手伝う風に、お箸とか運んだりする。
で、お皿が並び始める頃には、厨房の裏に引っ込んで、気配を消す。
「富士子さんはもう帰るんだな」って油断した料理長が、「いただきます」を言う。
みんなが食べ始める。
厨房の裏で、こっそり、仕込みの続きをやる。
終わったら、何食わぬ顔で厨房から出て「お先に失礼します」と言って帰る。
どうよ。
完璧でしょ。
誰にも負担をかけずに、こっそり残業ができるの。名づけて「まかない敬遠戦法」。
過去に何度か成功している、あたしのマル秘大作戦よ!
昨日も、怒涛の仕込みメモを見て、こりゃあ残業だ、と「まかない敬遠」発動。
速攻で「まかない食べません」宣言出しといた。
まかない時間が迫る頃は、野菜系の仕込みは終わってて、あとは肉系を残すのみ。
余裕の笑顔で、お箸を揃えたりお皿を出したりして、「しめしめ、この調子で油断させて、一人で奥に引っ込んで、こっそり仕事しよ……まずはスモークから!」
と、思ってるのに、今日に限って、料理長がこんにゃくを切り始めた。
ちょっと。
アントニオが作ったまかないが、冷めちゃうよ。鶏もも肉の照り焼きだよー。
早く食べなよー、食べなってばー。
そしたら、ルドルフ先輩が新たにお菓子の生地を練り始めて、当のアントニオも、何かの下味用の調合液を作り始めるじゃないの!
えええー!
ちょ、ちょ、ちょっと待って。おにーさん!
ラッスンゴレライ、まってまっすん。
とか言ってる場合ではない。
気配を消すどころじゃなくなって、あたしも慌てて、フライパン出してスモークの用意。
あれれ?
まかない、食べないの? いつもと違うなあ。
って思いながら、大慌てでスモークを終えて、フライパンを洗ってたら、料理長が、
「富士子さん、それ洗い終わったら、おしまいにして下さい」
って、まさかの「もう帰んなさい宣言」。
げげっ!
作戦失敗!?
あーあ、でも、まだ、イベリコ豚とベーコンが残ってるんだよなあ…。
言いづらい…。
超、言いづらいッス…。
でも、ま、意を決して、
「あ、あの、イベリコとベーコンがまだ…」
つったら、料理長、
「え? ああ。出しといて下さい。やりますから」
「す、すみません…」
あーあ。
失敗しちゃった。
こっそり残業して、間に合わせようと思ってたのに。
やっぱり、ちゃんと時間内に終わらせなきゃダメなんだなー。
そもそも、まかないは、みんなが一緒に食べることが大事な約束になってる。
誰かが食べずに仕事しているのを、料理長がよしとするはずがない。
いやあ、わかってたんですけどね。
あたしだってね。
みんなで一緒に食べる「まかないルール」、大好きなのよ。
気兼ねなく、一緒に食べたいんだけどね。
終わんないのよ、仕事が!
もうね、手が遅いことがね、すごい、負い目なわけ。
だからね、ちょっと、こっすい作戦で乗り切ってたんですけどね。
うまく行ってる、って思ってたんですけどね。
バレてたみたいです。
ま、思えば、阿呆な作戦ではあったかもしれない。
「こいつの頭はお花畑か?」って思われていたかもしれない。
とほほ。
春だから許して。
あーあ、もう、いやんなっちゃうな。
仕事が速くできるようになりたい。
台所の神様、助けて下さい。
って、どっかに台所大明神っていないのかな?
お参りに行きたい。
明日は、春うららな日曜日。
富士子はバイトです。がんばります。